今日も酒を言い訳に。

メンヘラの恥ずかしい毎日

あたしに髪を切らせた男

「♪テレレテレレテレレテレレン

テレレテレレテレレテレレン」

枕元のスマホから大きな音が鳴って起きた。起こしてくんの誰や、腹立つ、そう思いながら画面を見ると、彼の名前があった。画面上部に小さく「2:30」と書いてあったが、関係なかった。まだ光に慣れていないボヤつく目で、急いで電話に出た。

 

「もしもし」

寝起きの声で、あくびまじりに言った。

「もしもし」

彼にしてはへにゃへにゃした返事が返ってきた。

「俺な、今な、歩いて帰ってんねん。

バイト先でな、飲んでたら終電逃してんな…やから、帰りお前と話そ思って」

べろべろで、きっと真っ直ぐ歩けていないんだろうな、なんて想像してしまうような声で、そんな可愛いこと言ってくれるんだなって嬉しくなった。明日も仕事だし、普通だったらクソ迷惑だけど、あと30分くらい起きちゃいたくなった。眠たいから「そっか」しか返事は出来なかったけど。

「てか寝とったん?起こした?ごめんなぁ」

こんな時間寝てるに決まってる。寝てない方がおかしい。けれど途中でハッと思い出した。そういえば彼は留年していた。

「あたし、明日仕事あるけん」

「あぁ〜…社会人は寝てるよなぁ、夜やもんなぁ…最近どうなん?」

「どうって?」

「友達とか」

彼と最後に遊んだ時、あの時1番仲良かった友達はもう友達じゃなくなってしまっていた。あたしが風俗を始めたあたりから、あたしの事を見下して「ジジイの相手頑張ってな」とか「そんなんようやるわ」とか嗤われて、彼女とはすっかり疎遠になってしまっていた。思い出したら悲しくなって

「1人減ったかなぁ」

と、言った。

「え?!お前がそんなことあんの?

それ、向こうから切ってるよな?

だってお前めちゃくちゃ優しいし、そんなんないやろ!」

彼の少し高めの声が、いつもより少し高くなった。あたしのこと、そんな風に思ってくれてた事が嬉しかったのが7割、あたし友達少ないけどな、が2割、この人のこういうところが好きだったな、が1割。

 

19の時、あたしは彼が好きだった。

当時入っていたサークルの同級生で、新歓で話しかけられてすぐに仲良くなった。何人かでオールでカラオケに行ったり、友達の誕生日を一緒に祝う友達だった。「一緒花火行く?」と言われたり、週に2回くらいあたしの家にご飯を食べに来ていたり、オールに疲れて寝ていたあたしにキスをしてくるような「友達」だった。

邦ロックが好きで、RADWIMPSとかフォーリミテッドなんとかとか、そういうのをよく聴いていて、あたしが好きなクリープハイプの曲の中だと「寝癖」が好き。好きな女の子のタイプは年上のショートカット。本田翼が好き。

彼のことは面白いくらい鮮明に思い出せる。だってね、あたしの唯一のまともな恋愛だったから。浮気相手でもないし、セックスもしてない、エロいことなんか全く絡んでなくて、出会い方も大学のサークル。こんなのフォルダ保存に決まってんじゃん。彼はあたしにとって、間違いなく唯一無二だ。

 

「大学どう?友達おらんくて寂しい?」

「いや、うちのサークル俺以外4人くらい留年してるからそんなことないわ〜」

笑いながら彼は言ったがあんまり笑えなかった。

「春から何するん?」

「ん〜俺、社会とか向いてへんし、今のバイト続けんねんなぁ〜」

かなり引いたけど、彼らしいとも思えた。彼のこう言うダメなところが、この世の中から守ってあげたくなる感じが、あたしにはたまらない。

 

彼の話はめちゃくちゃ面白い。冗談が多くて、お笑い芸人と話しているみたいで、ずっと笑っていられた。

「俺また太ってな、ポケモンに似てんねん。ゴルダックっていう青いやつやねんけどな。また俺の腹触ってな」

ゴルダックで検索すると、顔もなんとなく彼に似ていた。ビール腹なのが想像出来て面白かった。そういえばめちゃくちゃ腹を揉んでいたことを思い出したけど、恥ずかしいからその話はスルーした。

 

「俺と毎日話したら、腹筋割れんで」

と言われた。ほんとにそのくらいの勢いで笑っていた。

明日も仕事だし30分で寝ようと思っていたのに、あと少し、あと少しと思っていたのに、もう時間なんてどうでもよくなっていた。

 

「今度また飲み行こや、お前の奢りな」

「俺な、お前が1回ショートにしてた時めちゃくちゃ可愛いって思ってん、図書館前で手振ってくれた時、可愛かったなぁ、場所まで覚えてんもんなぁ」

「絶対またショートにしてや」

彼はずるい。

私は昔、彼のためにショートにしたことがあった。長かった髪を20センチ以上切った。くせ毛であまり短くしすぎるのは美容師に止められたが、あごの辺まで短くしたのだ。髪を切った日、彼と2人で晩御飯に行った。

「ショートにしたんじゃ」

「それはショートちゃう、ボブやで」

そう言われてしまい、切った意味が無くなった。女の子の決心は泡よりも簡単に消えてしまうものなんだと悲しくなった。帰って泣いた。

その後別の男と付き合っている時に、ノリで刈上げるくらいのショートにした。図書館前で彼に会ったのはその時だった。

 

「俺、知り合ってすぐ付き合うとか無理やねん。最初友達でな、そのあとだんだん好きになるのしか無理やねんなあ」

これもずるい。そんなのあたしの事好きになるかもなんて、思っちゃうじゃん。

「でも、そう言う友達って、純粋な友達じゃないじゃん。最初からちょっと特別じゃん」

ムカついたから意地悪を言った。

「それなんよなぁ、俺はその期間が半年以上いるねん」

またずるい。あたし達は、間違いなく純粋な友達じゃないのをお互いが自覚しているし、あたし達はこの微妙な「友達」をもう4年以上続けている。ずるいずるい、馬鹿だから「お前のことちょっと好き」って聞こえちゃう。

 

彼のことをずるいと思いながらもドキドキしてしまって、「飲み行こや」が嬉しかった。あたしの奢りとか、そんなのはどうでも良くて、気づいたらなんの服を着るか、髪型をどうするかを真剣に考えてしまっていた。そして、遠回しに男関係の質問をしてくる彼に、なんとなく彼氏の存在を隠していた。あたしの方がずるかった。このまま彼氏がいるかいないかフワフワにさせたまま、2人でご飯に行きたいと思っていたけれど、

「彼氏おるん?」

の一言で、思惑通りにはいかなくなってしまった。

「おるよ」

とちゃんと答えた。

 

彼氏とはかなり上手くいっている。

かっこよくて優しくて、理想の彼氏を越えてくるような存在で、嫌なところなんかほとんどない。人のことをバカにしたり、見下したりしない。連絡はマメでほぼ毎日電話をしてくれて、財布を出すと怒るし、荷物はいつも奪うように持ってくれてる。

ロングヘアが好きで彼氏のために今髪を伸ばしている。

彼に不満など何ひとつないし、大好きな自慢の彼氏だ。

 

なのに、どうして、彼に彼氏が居ることを知られたのがこんなに残念なんだろう。

 

彼はあたしに彼氏がいると知ると、一緒にご飯に行こうと言った話をなかったものにしようとしてきた。やっぱあたし達は、友達じゃないんだなって思った。

でもどうしても会いたかったから、

「奢るけん王将行こうや」

とごねた結果、次の土曜日の夜、王将に行く約束をした。

 

その後少し話をして、さすがに眠くなって

「寝るね」

と言ったのが朝4時半。

寝る前に、なんの服を着ようかな、マツエク予約しようかな、なんの話しようかな、あの時髪の毛切ったのはお前のためって言ったらなんて顔するかな、なんてウキウキしてしまっていた。

 

朝起きると、家を出る30分前だった。馬鹿だなと思いながら猛ダッシュで準備した。あたし、ちゃんと社会人だもん。

今の彼氏のことが好きだし、こっそりご飯に行くなんて浮気だし、王将奢る意味もわかんないなと思いながら駅まで歩いた。駅までの数分は彼の事で頭がゴチャゴチャになっていた。

 

なんとかいつもの電車に乗って、イヤホンを耳にさして音楽のシャッフル再生ボタンを押すと流れてきたのはクリープハイプの「寝癖」だった。アップルミュージックって、たまにそういうことするよね。

今日の天気でも見ようとサファリを開くと出てきたのはゴルダック。昨日の2時間にも満たない電話で、あたしは彼でいっぱいになってしまっていた。

 

彼のことは好きだった。

けれど留年して春からフリーターで、連絡は1日1通くらいしかくれなくて、奢ってくれなんて言ってくる男とこれから付き合うなんて選択はない。

あたしはお前とは対照的な今の優しくて最高の彼氏に、幸せすぎる毎日をもらっていて、幸せのシロップ漬け状態なのだ。

 

だから、彼みたいなヒモに近い男なんて、今更無理。

 

でも、でも、

どうしても彼と王将に行きたくてたまらない。

 

「じゃあお前は土曜日、『今日』ってLINEしてな。そしたら俺は『バおわ』ってLINE返すから『り』って返してな。それで集合やで」

 

どうかあたしが、『今日』なんてLINEを送りませんように。